変身キット


いい品物がありますよとささやかれ
セールスマンから買った変身キット
これを着れば俺も女子高生になれる

きっと返信がくると思い込んだまま
とうとう明けなかった夜
あの夜から俺は
いっそ自分が女子高生になればいいんだと
こんな変身キットを探していた

俺はきっと変身するために生まれてきた
そんな俺を世間は
やれなんとか障害だとか勝手に名前を付けて
分類しただけで知ったかぶりをしている

お前たちに
俺のなかの男と女が解かってたまるか

変身願望をかなえた
俺を見下ろして
俺の住む町を見下ろして
一機のヘリコプターが
バリバリと空をめくりながら
飛んで行ったことを誰も知らない

天才と呼ばれた男


昔からの路線を真新しい電車が
今日も奴を乗せて走る
駅から徒歩で二、三分のところ
奴が通うNPOの陶芸教室がある

一度だけ付添いに来た奴の母親によれば
奴は学校を出ていない
中学に行くのを途中でやめたからだ
ある日卒業証書が郵便で届いたという
しかしそんなことは奴にとっては
紙切れが一枚増えただけのことだった

奴は人と言葉を交わさない
何もできない
靴下さえも母親に履かせてもらっている
でもそんな奴でも
周りのごく少数の人々は
奴を陶芸の天才だと信じて疑わなかった

奴が天才と呼ばれ始めたのは
高齢ニートになりかけの三十代半ば、
つまりこの一年ほど前のことだ
それまで奴は自分のことを
本気で生ゴミだと思っていたらしい

一度だけ奴が口をきいたことがあった
独り言のように、
  本人が気づいてないだけで
  みんな何かの天才なんだよ…

今日も奴はやって来る
この陶芸教室に。
そしていつものように
俺たちからの挨拶を無視して
粘土と会話し始めるのだ