負け犬の遠吠え

詩誌を創刊する、あるいは発行部数を伸ばすことを単にビジネスとして捉えるなら、いわゆる「一般受けする」傾向の詩を多く掲載したりそのような詩を書くのが得意な詩人の特集記事を組んだりするのが有効な手段であることは論を待たないでしょう。でもその反面「読者に媚びる」姿勢が詩誌本来の文芸志向を放棄するものであるとして非難の声を招いてしまうかもしれません。発行部数と芸術性を両立させればいいと理想を言うのは簡単ですが、現実はそれをなかなか許してくれないようです。「では川吹、お前は一体どっちなんだ。商売なのか芸術なのか」との問いがもしあるならその答えはいたって単純です。

だって一般の読者さんに読んでもらえなければ文芸も何も始まらないじゃないですか。

現役時代の長嶋茂雄氏のように「お客が入らなかったらプロ野球とは言えない」。たとえ現代詩が日本語の限界を探る芸術だとしてもその実験に「無観客試合」はありえない、というのが僕の基本的姿勢です。ということは僕の詩は一般受けをねらった詩?(笑)

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